池上線とのなれそめ


初めて池上線を撮った一コマがこれ。 旗の台にて。


 

が初めて東急の電車を撮ったのは1985年の6月、ちょうど高校2年生の時分だった。
当時、行きつけの模型屋の常連の某氏が、店で会うとよく会社でのヨタ話を面白おかしく聞かせてくれたのだが、同氏の職場というのが、実は池上線のとある駅だった。 そのおかげで、地元といっても差し支えないエリアであるにもかかわらずそれまで関心の埒外だった東急の電車になんとなく興味が湧き、とりあえず池上線の写真を撮ってみようと思い立ったんである。 
その日は今にも空が泣き出しそうなドン曇りの日だったが、20枚撮りのコダクロームを詰めて現地へ。最初のコマが旗の台なので、おそらく電車賃を節約したくて大岡山経由でアクセスしたのだろう。 五反田が地元からひと駅とはいえ、その頃は国電に120円をよけいに払うのがキツかったものでネ。ただ、そのあとの行動を見ると、広小路→五反田→戸越銀座→石川台と移動している。本当はイケナイのだが五反田で改札を出ずに折り返したらしい。 



旗の台
 


大崎広小路
 


大崎広小路
 


五反田
 


運用に入っていた9本のうち2本は7200だった。まだ帯なしのスッキリした姿。  戸越銀座
 


当時3000系は池上と目蒲にわりかし均等に棲息していたが、見た目いかにも“古い電車”である3450の多くは
雪が谷区−すなわち池上線の所属だった。 石川台−洗足池
 


このとき日中に動いていた3450は、アンチクライマ付の3454とホロ付・木製貫通扉の3493。  石川台−洗足池
 


車体断面がきれいに揃った海坊主・3650も3651F・3655Fの2本が入っていた。  石川台−洗足池
 
 


陸橋からの石川台駅の眺めは、気に入ってその後幾度もカメラを向けることになる。 
 
 


ホロ付の顔はいいもんだ。 石川台
 
 


そして戸越銀座に移動
 


そろそろ日も暮れてきた。
白文字電照幕付の海坊主はカオだけみればあまり古く見えないものの、うるさくて冷房も付いて無いことにかわりはナイ。 
 
 


最後のコマは、かっこいいホロ付3493をもう一度。
この日はたいした写真は撮れなかったものの、3450をはじめとする緑色の電車がすっかり気に入り、以来数年間その姿を追うことになる。 
 

以上すべてP: 1985.6.23 東京急行電鉄池上線
SPF  55/1.8・135/3.5  KR 


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