熊本電気鉄道

車輛-1989年(1)


▲北熊本駅にてせいぞろい。左からクハ502、モハ601、モハ5104、モハ5102、モハ71
1989.3.12  F-1  50mm  PKR (2枚合成)
   
 
 ここでは初訪問時の1989年3月時点での車輛をお目にかける。このときは実働状態の電車が10輛というささやかなもので、元静岡鉄道100形のグループと元東急5000系のグループが輛数的には拮抗していた。
 ただ、全車単行使用が可能で小回りのきく“青ガエル”のほうが、本線上では目立って見えた感がある。


電動客車

【元静岡鉄道100形グループ】

■モハ500形
(モハ501・505)
■クハ500形
(クハ502・ 504<休車>・506)
■モハ600形
(モハ601)
 

これらはすべて、静岡鉄道静岡清水線モハ100形モハ103〜108を譲り受けたものである。
 足回りこそ旧形車流用の釣掛式ではあるが、上回りは昭和38/1963年から昭和40/1965年にかけて静鉄長沼工場で自社新造したもので、裾を絞った車体に両開き3扉と、地方私鉄のオリジナル車としては意欲的なものだった。
 戦後から昭和40年代にかけて、ナローの駿遠線も含め自社設計の車輛新造に力を入れていた静鉄だが、静岡清水線用の近代型車輛はいずれも、腰部に2個のヘッドライトを配した“静鉄型”とでもいうべき独特の表情をしており、この100形もその例に漏れない。

 熊本へはまず昭和51/1976年にモハ501+モハ502・モハ503+モハ504として入線。これらはすべて貫通扉付の両運車だったが、入線に当たって片運・正面非貫通化と2輛固定化がなされている。
 なお、502と504は昭和55/1980年に電装解除してクハとなった。
 昭和54/1979年には第2弾としてモハ505+モハ506が入線。こちらはもともと片運2輛固定であった。
 501〜506いずれも、昭和61/1986年の路線部分廃止時にワンマン化改造。しかし、クハ504が事故で休車となり、それを契機にペアを組んでいたモハ503は、昭和62/1987年に熊電自社で両運化改造を受け、モハ601を名乗ることになる。

 彼らは熊本への入線いらい、2輛固定の輸送力を活かして、藤崎宮口のラッシュ時を中心に使われてきたようであるが、平成8/1996年以降、都営6000の導入に伴い、順次姿を消していった。
 最後に廃車されたのはモハ601(平成12/2000年廃車)だが、単行ゆえ上熊本線やデイタイムの運行にも使えることが生き延びた理由であろう。

 ところで、この系列で不思議なのは、502・504がクハながらもパンタを有していたことと、601も両運化のさいにわざわざパンタを増設していることだ。
 私の手持ちの文献には、今のところ“2個パンタ”の理由について触れているものが見当たらないこともあって、ちょっとしたナゾになっている。
 502と504は、電装解除のさい単に外すのが面倒だったから、という理由も考えられなくはないが、601に到ってはどうにも不可解。場所柄“霜取り用”というわけでもなさそうだし、かといって訪問時の写真を見返してみても、進行方向別にパンタを使い分けている形跡もない。
 どなたかご存知の方、ぜひご教示を…<(_ _)>


車番変遷表

 静岡   熊本
モハ103→モハ501 

--------1999年廃車
モハ104→モハ502→クハ502
--------1999年廃車
モハ105→モハ503→モハ601
--------2000年廃車
モハ106→モハ504→クハ504 
----1986年頃?休車。1996年廃車
モハ107→モハ505 
--------1996年廃車
モハ108→モハ506→クハ506 
--------1996年廃車



▲モハ501(左)+クハ502(右)。 この2輛は同形他車と異なり、ブリル27-MCBタイプの台車を履いていた。ただ、502は後年東急デハ3450形(川車製)の発生品とおぼしき弓形イコライザー台車に振り替えられている。 北熊本  1989.3.15  F-1  50mm  PKR 
                        
▲クハ502 Tcながら何故かパンタを有する。左はモハ601。北熊本  1989.3.15  F-1  50mm  PKR 


▲併用軌道をゆくクハ506+モハ505。  藤崎宮前-黒髪町  1989.3.15  F-1  50mm(トリミング)  PKR 


▲モハ503を両運化改造して生まれたモハ601。2枚上の写真に写っている新設運転台側は、ヘッドライトの形状が微妙に異なるのに注意。 藤崎宮前   1989.3.12  F-1  50mm  KR 


▲事故で前面を破損し休車状態にあったクハ504。 北熊本 1989.3.15  SPF (トリミング)  TX
 

 【元東急5000系グループ】


■モハ5000形
(モハ5044<休車>
■モハ5100形
(モハ5101〜5105)
 

初期の高性能私鉄電車の中では傑作の誉高い、“青ガエル”こと東急5000系の譲受車。
 最初の訪問当時は各地の地方私鉄にこの5000系が跳梁跋扈していた時期であり、目にしたところで「ああ、またか」という感じだったのだが、今やここ熊本が最後の砦となってしまった。

 熊本では部分廃止後の車輛という印象が強いが、じつは昭和56/1981年にすでに最初の編成が入線している。モハ5043+モハ5044の2輛で、当初は1500V→600Vに降圧改造した以外は車番も塗色も東急時代のままに使われていた。

 昭和61/1986年2月の部分廃止・ワンマン化に備えて導入されたのが、モハ5101〜5104の4輛。1985年末に入線し順次運用が開始され、元静鉄グループを除く在来の旧型車を駆逐する。
 この4輛は、事前に東横車輛電設にてワンマン化並びに両運化改造を実施のうえ入線。新設運転台は旧連結面側に正面切妻のまま設置され、俗にいう“平面ガエル”と化している。

 4輛のうち、5102と5104の2輛は、新設運転台が右側配置なのが特徴である。これは電車が熊本市内から御代志方面に向かう場合、進行方向右側にホームのある駅が圧倒的に多いことから、ワンマン運転時の乗務員の利便を図るためにとられた措置だった。しかし、熊本への甲種輸送時に手違いから逆向きで搬入されてしまい、わざわざ右側にした意味がなくなってしまった…というエピソードがある。

 塗装は、従来の東急グリーンをベースに黄と橙の帯を巻いただけというものだったが、1989年の夏以降、順次現在の濃淡ブルー+オレンジに変更されている。
 なお、最初にやって来た5043+5044も、併せてワンマン化と塗装変更を受けている。
 
 昭和63/1988年には、2輌固定だった5043+5044のうち、5043を自社で両運化改造。モハ5100形に編入されて5105の車号が与えられた。これも先述のモハ601と同様、意図不明?の2個パンタ化がなされている。
 5044も追って両運化予定とされ、私の訪問時には休車扱いで既に改造着手後という風情だったが、結局工事は放棄されたまま平成9/1997年に廃車されてしまったという。

 5輛とも単行運転の可能な5100形は、上熊本口も含め全線で活躍し、事実上熊本電鉄の顔となったが、その後東京都交通局6000形などの度重なる導入で次第に活躍範囲を狭め、こんにちでは5101と5102の2輛が残るのみとなっている。

(→現存車については『車輛・2002年』も参照下さい)
 


車番変遷表

 東急    熊本
デハ5043→モハ5043→モハ5105

--------2000年廃車
デハ5044→モハ5044 
-----1988年休車・1997年廃車
デハ5031→モハ5101 
----------現 役
デハ5032→モハ5102   
----------現 役
デハ5053→モハ5103
--------2000年廃車
デハ5038→モハ5104 
--------2001年廃車



▲モハ5102+モハ5101  北熊本  1989.3.15  F-1  50mm(トリミング)  PKR


▲モハ5103。正面には後から縦雨トイや車外ベルが追加され、ものものしい雰囲気。 右後方は本線上のモハ5105。 北熊本  1989.3.15  F-1  50mm(トリミング)  PKR


▲モハ5104  上熊本/1989.3.12  F-1  KR


▲北熊本で並んだモハ5104とモハ5105の“平面”側。
5104は悲運?の右側運転台が特色。 自社工場で両運化された5105は、5101〜5104とは
切妻方正面のつくりが微妙に異なっている。 北熊本  1989.3.15  F-1  28mm(トリミング)  PKR 


▲休車中のモハ5044。両運モハに化ける予定であったが、改造工事半ばのまま廃車への道を辿った。後方の青いシートを被っているのはクハ504。 北熊本  1989.3.15  F-1  50mm(トリミング)  PKR
 

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