制作環境
―撮影器材編―
<2015.11.8訂補>
▲銀塩時代のお出かけ装備例(ただし三脚を持って行くことは少ない)。


いわゆる私のカメラ遍歴ってヤツです。


キヤノネット
 (1981.3使用開始〜1985.2休車)

有史以前?には、母親にリコーのハーフ機などを借りて何かを撮った記憶もあるが、中学生になるかならないかの時分、はじめて本格的に汽車の写真を撮るのに使ったのはこのキヤノネットだった。
 父親がてんでカメラに関心がなかったこともあって、私が自分で買うようになるまで我が家には一眼レフというものが存在せず(!)、当時家にあるゆいいつマトモそうな135判のカメラがこれだったのである。
 こいつを使っていた頃は、写真撮影はまだ汽車趣味のメインではなく、撮影本数もネガカラーを年に十数本というレベルではあったが、下記のペンタックスを手に入れるまで丸4年ほど活躍が続いた。
 初めての撮影行で巻戻しクラッチの解除方法がわからなくて、訪問先でフィルム交換のたびに事務所の押入れを借りてみたり、近鉄の北勢線を撮ったときに限ってシャッター故障で何も写っていなかったり…と因業な思い出も尽きない一台。現在はもちろん実家で静態保存の身である。

▲今でこそクラカメブームのおかげで再評価されているが、デビュウ当時はバリバリの大衆機。我が家の個体が、ウチの親父が米国留学の折に羽田空港の売店で買ってきたものだという辺りからしてお里が知れようというもの(^^;)
アサヒペンタックスME
 (1985.2譲受〜1987.6休車)
アサヒペンタックスSPF
 (1985.3購入〜1989.9休車)

高校に入ろうというあたりから、周囲の友人や雑誌などに感化されてかむしょうに汽車電車の写真が撮りたくなってきた。そうなると、使える焦点距離が45mmだけのキヤノネットには不満が募ってくる。やはり仲間の使っているのとか、実物誌の撮影データに出てくるような“一眼レフ”が欲しいナー…と思うわけである。
 当時の私の小遣いでは新品など思いもよらなかったから、とりあえず親戚のお下がりねだり作戦に出てみたところ、ある叔父貴が一台呉れてやってもよいとのたまう。
 それが、黒ボディのペンタックスのMEだった。ただしそのとき譲ってもらえたのはボディと、M42マウントのうすらでかいタクマー 200mm f3.5というイビツこのうえない組み合わせ…。かくなるうえは標準レンズやマウントアダプターなどを自分で揃えねばならないし、そもそもMEからして絞り優先AE専用機というネックがあった(絞り優先AE機では鉄道写真は撮れない、というキメツケもどうかとは思うが、不便なのは確か)。
 そこで、どうせならMEはサブ機にして、もう一台マニュアル露出の使える機種を交換レンズともども揃えてしまおうと思い立つのだが、先立つモノがないことには変わりはない。そんな折、周囲の誰かに「中古カメラ屋に行ってみたら?」というアドバイスをされ、自宅から最も近い高輪の某中古店を訪れた。そこに幾度か足を運びつつ検討の結果、レンズともども手に入れたのが、同じペンタックスでも時代遅れのスクリューマウント機・SPFである。
 先にMEがあるんだったら、なぜバヨネットのKマウントの機種を買わないのか?と訝しがられそうだが、そのときの私には、同じペンタックスなら、スクリューマウント時代の機種やレンズの方が“カッコよく”見えたのだ。もちろん予算の問題も大で、SP系なら交換レンズも安かったからいっぺんに揃えられた、という事情もあるが。
 ともあれ、以後はSPFにリバーサルを、MEにモノクロを詰めてあちこちに撮影に出かけるようになる。
 SPFはスクリューマウントの扱いにくさこそあれ、“往年の名機”のひとつだけのことはあり、シンプルで使いやすく気に入っていたが、MEはといえばシャッターの動作ショックが大きいためきわめてブレやすく、AEの精度も不安定で、下記のキヤノンF-1導入後は早々と休車のハメに。
 SPFはその後もモノクロ専用機の役割を得て旅のお伴をつとめたが、結局トータルの実働期間はNewF-1導入までの約4年半ほどで、今にすれば思いのほか短い。だが、カメラの扱い方の基本をおぼえられたのは彼らのおかげであるし、お気に入りの作品は意外とSPFで撮ったものの中に多い。
 そして付け加えれば、このペンタックスで味をしめてしまった私は、以後こんにちに到るまでカメラ・レンズを一貫して中古品で賄いつづけるようになるのだった(笑)。
 彼らも静態保存の身となって随分とたつが、自分にとっては思い入れのカタマリだけに、手放すこともあるまい。 

▲MEは外観こそ小粋だが、ズシンとくるシャッターショックに泣かされた…というのは後年ネガを高倍率ルーペで仔細に見るようになってから判明した笑えないハナシ。ホールディングがヘタクソだと、1/250でもブレます(泣)。 

▲名機SPの開放測光モデルがSPF。使いやすさと同時に、その居丈高でない親しみのあるデザインが気に入っていたが、ある日旅先でカバンの中に入ったまま押しつぶされたショックでボディの吊り輪が外れ、ナニか寿命のようなものを感じて引退させた。その後、メーターも後を追うかのごとく逝った。
 

・Kマウントレンズ(ME用):
SMC-M50mmf1.7/SMC-M135mmf3.5
・M42マウントレンズ
(SPF用。アダプタを介しMEにも使用):
SMCタクマー28mm f3.5/SMCタクマー 55mm f1.8/SMCタクマー 135mm f3.5/タクマー200mm f3.5

update キヤノンF-1
 (1987.3購入〜)
キヤノンNewF-1
 (1989.9購入〜1997頃より休車、2008.9売却))

一眼レフデビューを果たすと同時に、カメラの虜にもなってしまった私は、ヒマさえあれば中古カメラ屋に通うようになっていた。SPFは気に入ってはいたものの、いつまでも不便なスクリューマウントに頼ってもいられないだろう…という気持ちもあって、金もないのに(w)次期主力機を必死に品定めしていたわけである。
 そんなある日、いつもの中古屋―今はなき高輪の松坂屋で、ちょっと魔がさしてキヤノンを何台か見せてもらった。当時メディアで『シャッター優先』のイメージを売り込み、若いファンの間で人気のあったキヤノンの一眼レフだが、(中古で)手の届きそうなA-1やAE-1といった中級機以下のラインナップは、電池を抜くとまったくシャッターが動作しないこと、マニュアル露出がメーター連動でないことが気に食わず敬遠していた。
 しかし、旧F-1を見せてもらったとき、そのファインダーに目からウロコが落ちた。その機体はたまたまスクリーンが方眼マットだったが、ペンタックスSPFの砂ズリマットとは比べ物にならない程明るく、それでいてマット面だけでスッとピントの山が掴める。メーターもCdSながら反応が早く、指針も見やすい。そして何よりF-1は、AシリーズやTシリーズとは違って嬉しいことにシャッターが完全機械式なのだ。もう一目ボレである。
 幸いなことに、その頃は大学に進学する直前で、バイトを始めたばかりだったから、購入の資金も目処がつく。その後何度か同じ店に通い、軍艦部に若干キズ・凹みがある中程度のボディを、標準レンズ(50mm F1.4ssc)付き39,000円でゲットした。
 そしてロクに試し撮りもせず初の実戦に持ち出すが、それがよりによって国鉄の最終日(もっとも、旅の目的は名鉄の岐阜界隈だったがw)。レンズは標準一本しかなかったから、望遠と広角はSPFで撮ることにし、2台同時にコダクロームを回したのだが、現像の上がりを見て改めて驚く。SMCタクマーとくらべて、発色の鮮やかさとヌケのよさが一目瞭然なのだ。さらにホレ直したのはいうまでもなく、その後FDレンズを序々に買い足してゆき、F-1はポジ撮りの主力機となった。

 買ってから数年の間はF-1でポジ、SPFでモノクロというダブルシステムで撮影に臨んでいたが、SPFの故障を契機にNewF-1も増備してようやくキヤノン2台体制となる。しかしNewF-1は、買ったボディについていたスクリーンが中央部重点測光のタイプだったことから、ポジ撮りの後ガマとはせずモノクロ専用機として運用。しかし、その後ライカM6を手に入れてネガ撮りのメインがそちらに移るとほとんど出番がなくなってしまい、のちに除籍。

思えばF-1は、趣味の鉄道のみならず、大学で卒業アルバムの委員になったときも八面六臂の活躍をしてくれたので、自分にとってはいままで最も沢山のフィルムを回した銀塩機である。そして、回したフィルムの8割以上はコダクロームだった。
しかし、デジカメの導入、ポジを回してまで記録したい被写体の激減、そして何よりコダクロームの供給と現像が完全終了したことで、稼働する機会は事実上消滅したといってよい。それでも、機体は今もなお矍鑠としている。

▲F-1。旧FD50mm&ワインダーFを装着した姿。

▲NewF-1+ワインダーFN。玉はNewFDの50mmマクロ。




・レンズ:
<旧FD>28mm f2s.s.c./35mm f2s.s.c./50mm f1.4s.s.c./85mm f1.8s.s.c./100mm f2.8s.s.c./135mm f3.5s.c./200mm f2.8s.s.c.
<New FD>28mm f2.8/50mm f1.4/50mm f3.5macro85mm f1.8/135mm f3.5200mm f4

ローライ35
(1992.5購入〜)
ローライ35S
(1994.8購入〜)

学生のころ、知人の某氏から見慣れない黒い小さなカメラと、それで撮ったというプリントを見せてもらった。
 その名はローライ35SE。正面から見ると、レンズの両脇にほぼ同径のシャッター・絞りのダイヤルが並ぶユニークな面構え。レンズは沈胴式で、それを引き出してロックするときの感触がじつに機械感に溢れていてたまらない。一方で、40mmの焦点距離ながらピント合わせは目測式という気難しさ?がある。そして、カメラ本体は掌にギリギリ隠れるくらいの小ささにもかかわらず、写真の仕上がりが一眼レフで撮ったのと見紛うほどシャープなことに驚かされた。
 そのときは、とにかく個性的なカメラだなあ、と思うにとどまったのだが、話はそれだけでは終わらなかった。
 後日、ある友人にそのローライの話をすると、「じつは、それならウチに親父が昔買って死蔵しているのがある」と言う。しかも「少し前に、試しに自分のニッコールの35mmと撮り比べてみたら、悔しいことにローライの方がシャープなんだよな…」とちょっと苦々しそうにのたまうのだ。
 これはぜひ試しに使ってみたい!と思い、拝み倒して貸してもらった彼の父上のカメラが、知人某氏の35SEのひとつ前のモデル・35Sである。

 最初は目測式のピント合わせに手こずり、ピンを外したコマもときどきあったが、じきに慣れた。そして上がったネガはといえば、確かに解像度は高いのだが、今まで使い慣れたキヤノンのFDのように、キリっとエッジが立った感じはしない。しかし実際にプリントしてみると、不思議にもシャープに引き締まった仕上がりになる。なるほどツァイスのレンズはこういう持ち味なのか、と感心させられた。
 ローライ35にすっかり惚れ込んだ私は、けっきょく彼の父上の機体をその後1年以上にわたって借用し、欧州遠征にも連れていったりしてかなりの本数を回した(友人曰く、返却後しばらくして、父上から「なんでいつの間に傷だらけになってるんだ?」と詰問されてごまかすのが大変だったそうである。すまんかった^^;)。
 そして、社会人になってからようやく自分用として、初月給でテッサー付の黒ボディを手に入れ、その後さらにゾナー付の35Sの白ボディも増えて今日に到る。

 ローライ35のS・SEに付くゾナーは多層膜(HFT)コーティングがなされており、カラー撮影でもきれいな色が出るが、糸巻型のディストーションが意外と目立つという弱点がある。一方テッサーは、カラーの鮮やかさは若干欠けるが、ディストーションは若干のタル型でそれほど目立たない。そのため、2台揃ってからは気分次第で使い分けていた。
 一時期はポジを詰めての“鉄”から宴会写真に到るまでなんでもローライで撮っていた時期もあったが、クセがあって使いづらいカメラであるのは事実ゆえ、ライカを導入してからはおのずと出番も減ってしまった。

▲ローライ35S。これは一年余り借りっぱなしで使い倒した友人・馬子氏(の父上)の機体そのものである。

▲ローライ35(シンガポール製ボディ+ツァイス製テッサー)。
ネームはM6同様テーピングで隠している。

▲ローライ35S+純正ストロボE15B
update M型ライカ
M6(1994.7購入〜)
M3(1997.12購入〜2001頃より休車、2008.9売却))

ローライ35を手にしてドイツ製カメラの世界を垣間見てしまってから、距離計式のライカに興味が沸いてくるのは時間の問題だった。ローライにはまったのも同じような理由だったが、その頃、とにかく“小さくてもちゃんと写せる”カメラが欲しくてたまらなかったのだ。ここでいう『小さい』というのは、35mmSLRと比べて…という意味。ちゃんと写せる、というのは、描写性能だけでなく、焦点と露出の調節が意のままにできる機能を持ったカメラを指す。
 SLRは、仮にペンタックスMシリーズなどのような小型軽量を標榜する機種であっても、ミラーボックスの絶対的な厚みゆえに、レンズを付けっぱなしで持ち運ぼうとすれば相応の厚みがあるカバンを持ち歩かねばならない。そして、旅先や街中でSLRを提げながら歩くことも、いかにも写真を撮ってますという風に見られる気がして気が引けていた。要するに、SLRに飽きていたのだ。でも写真は撮りたいし、ただシャッターを押すだけ、のような写真の撮り方はしたくない。このアンビバレンツな願いを叶えてくれるのは、レンジファインダーのライカしかない…と思い到る。
  色々関連書を読みあさったり、中古屋を歩き回っているうちに、ライカ用の広角レンズは対称型設計で、SLR用のレトロフォーカスとは違ってディストーションが少ない…といったようなことも知り、ますます思いが募っていった。

 最初からM型を買うのは敷居が高いような気がして、とりあえずCLを購入した。しかしこれは期待外れ。縦走りのシャッターは動作ショックが大きく、距離計式のキモであるファインダーも、二重像は小さすぎるわブライトフレームも40mmと50mmの枠が同時に現れて見づらいわでゲンナリである。ただ、追って手に入れたロッコールの28mmは期待を裏切らない性能で、やはりこれを最大限生かすためにM型に手を出そうと思い直し、CLを買ってから1年近く経った頃、ある中古屋で初めて手にとって見せてもらった(それまで、買えるかどうかわからないM型を見せてもらうなど恐れ多いことだった)。
  それはM6で、ファンのあいだでは「露出計が内蔵されて便利だが、仕上げのクオリティやファインダーの出来は過去の機種に劣る」というのが一般的な評判だったけど、それでも、そのファインダーのブライトフレームや二重像も含めたクリアさはCLに比べれば段違いで、ピントも素早く合わせられる。決断に時間はかからなかった。
 清水から飛ぶつもりで手に入れたM6は、ライツのカメラ部門が子会社分離されゾルムスに移る前の、ウェッツラー時代の最末期の個体というのが嬉しかったが、実際に使ってみるとレリーズが重かったり距離計コロが動かなかったりメーターがイカレてたりと不具合があり、もう一回軽く清水から飛ぶハメに…(メーター内蔵のM型は修理代が高くつくのであるorz)。
 しかし修理を経て完調となってからは、事実上銀塩の主力機にのし上がった。レンジファインダー機ゆえに、はじめのうちは視野率の問題や構図の決め方など戸惑いもあったが、馴染んでくるとこれほど使いやすいカメラもない。さすがに走ってくる列車を長ダマで撮るようなケースはやや苦手だが、駅や機関庫、そして街中をうろつきながらのスナップショットには絶好である。
 手許のカメラの中では回した本数もF-1の次に多く、撮影のほとんどがデジカメになって銀塩機が軒並み死蔵化した今でもごくタマに持ち出してやっている。

 もう1台のM3は、ライカ熱が高じていた時期に友人から譲ってもらったもの。
 白ボディが気に食わず、黒いテープでグルグル巻きにしながら使っていたが、購入から数年でデジカメ時代がやってきてしまい、TTLメーターのない不便さと、広角の使用頻度が多い撮影スタイルにいまひとつ向かないことも災いして早々に休車のハメに…ご多聞に漏れずというか、枕元で1/15秒の“シャリン”を聴くため(w)の道具と化してしまったあげく、御役御免となり手許を去っていった。

▲M6+M-ロッコール28mm。一番よく使う組合せである。ファインダーはアベノンの28mm用を付けっ放し。後ろ指差され防止用にボディのネームはテーピングで隠したほか、微妙なカスタマイズあり。

▲M3+ズミクロン50mm(沈胴)
白ボディがイヤで、かといって塗り直すカネもないから黒テープぐるぐる巻き攻撃。これで気分はブレッソン(^^;)
なお、ズミクロンのレンズフードはキズモノ格安のエルマー用12575の改造。
 
 

・レンズ:
<Mマウント>M-ロッコール28mm f2.8/ズミクロン40mm f2/ズミクロン50mmf2 (#240****)/テレ-エルマリット90mm f2.8 (#249****)テレ-エルマリット90mm f2.8 (#321****、カナダ)/M-ロッコール90mmf4 (CLE用)
<Lマウント>キヤノン35mm f2.8 (#27***)/ズミクロン50mm f2 (沈胴・#135****)/キヤノン50mm f1.8 (#231***)/キヤノン100mm f3.5 (#92***)/キヤノン135mm f3.5

その他おおぜい

ミノルタフレックス(静態保存)
ライカCL(1993.8購入〜1998.*除籍・売却)
ライカDIII(1998.*購入〜2001.5除籍・譲渡)

手許にあったり買ったりしたものの、役立たずなので、死んだかどっかへ行ってしまったかなのがこいつら。
詳細はまたいずれ。


▲某いねむり氏に払い下げられたDIII。

▲ミノルタフレックス−キヤノネットの他に、我が家に古くからあるもう一台のカメラ。あるとき120のネオパンを買ってきて試し撮りこそしてみたが、そのフィルムを現像に預けたまま忘れてしまいそれっきり。その後単なる棚のコヤシとして今日に到る。
コダック DC3800
(2000.12購入)

私が初めて手に入れたデジカメ。
 いままで新品・メカニカルシャッター非搭載機・ズームレンズは私のカメラの“タブー御三家”だったのだが、そのうち2つを破ったという意味でも画期的(!)な存在だったりする。
 2000年暮れに導入いらい、“フィルム代がかからず、写真屋へ行き来する必要もなく、毎日持ち歩ける”という三拍子のおかげもあって、半年あまりの間に三千カット近くを撮影したが、後継機40iの導入によりあえなく引退した。
 シンプルなデザインは気に入っていたのだが、起動に5秒以上かかるためシャッターチャンスを幾度となく逃してきたことにいかんせん耐えられなくなったわけで。その後はニョーボのお仕事用予備機を経て完全に休車状態に。


▲わずか半年で引退してしまったDC3800。
デジカメってしょせん家電なのかしらねえ。
フジ FinePix 40i
(2001.7購入)

デジカメデビューからわずか半年余で増殖した第2号機。
 美点は、起動がたったの1.5秒/薄型コンパクト/感度がISO200相当なので低光量下でも使いやすい…こと。いかなる外出時も欠かさず携行され、弊作業部の事実上の主力機にのし上がった。
 この機種にはMPEG動画が撮れるとかMP3オーディオが聴けるとかいった余計な機能もついていて、当初は使うこともあるまいと思っていたのだが、動画は気まぐれに撮ってみるとなかなか面白くて結構ハマる。
 丸2年間の間に13,000余カットを撮影するも、高速シャッターの故障で屋外での撮影が軒並み露出オーバーという不具合に見舞われ、第一線は退くことになった。
 代替機のQV-R40が動画機能に不満があるため、とりあえず動画専用機として生き延びたが、その後動画機能も30秒以上?の録画で書込みエラーが生じるようになり、引退・静態保存の憂き目となる。

カシオ QV-R40
(2003.8購入)

フジF40iを手足の一部のように使いつつも、将来性のないスマートメディアと縁を切りたい等の理由で、かねてより他機種の導入を考えていたのだが、F40iがそれを察したかどうかwある日いきなり故障したため、思いきり尻を押されるかたちで購入したのがこれ。
 F40iを上回る高速起動・単3電池駆動・SDメモリ対応が主な購入の決め手となったが、個人的には生まれて初めて持つズームレンズ機だったりもする(w)。
 起動速度のみならず全ての挙動がキビキビしており、カメラらしいバランスのとれた外観もよい。ただ、ワイド側が135版換算39mm相当で狭いところで辛いのと、動画が無音声で30秒しか撮れないのが不満。あと、個体差なのかもしれないが、ワイド端・絞り開放で中遠景を撮ると、画面右側1/5くらいが微妙に甘いのも気になるところ・・・(~~;)。
 撮影カット数はのべ10,000コマ近くに及んだが、他にも微妙な不満点が多かったため、わずか1年余で↓のリコーR1に引導を渡すことになってしまった。今は友人の手許で活躍中。

リコー Caplio R1
(2004.9購入)

 リコーのデジカメは、28mm相当の広角を搭載し、電池が単3対応かつ長持ちということで、かねてより色目を使いつづけていたのだが、ボディがコンパクト機としてはやや大きめ(個人的には、スナップ用のデジカメはジーンズやスーツのポケットに違和感なく納まることが絶対条件)なのと、撮影後の書き込み速度が遅いことがネックで手を出しあぐねていた。しかし、ここへきてついにリコーはその弱点を払拭した機種を出してくれた。それがこのR1だ。
 リリースを知って以来ひと月余り、久々にわくわくしながら情報集めに勤しみ、金欠もかえりみず自分に自分で誕生祝いだ!と洒落込んでお買い上げ。
 QV-R40における不満点―狭いワイド側画角・ニジミのひどいテレ側画質・寄れないマクロ・1/8秒までしかないスローシャッター・意外と保たない電池・音のない動画…がことごとく解消されたのもさることながら、昔から大好きな28mmの画角をふたたびデジタルで存分に使えるようになった嬉しさが何物にも勝る。
 しかし導入から約2年・累計14,000カットを過ぎた頃から、レンズバリアにガタがきてときどき開閉しなくなるようになってしまったのと、前玉に小さなキズがついて屋外での逆光撮影時明らかなハロが出るようになった(画像面積が小さいだけに、135判のレンズなら写りにほとんど問題ない程度のキズでも露骨に影響が出る)ために、代替機を模索していたところ、某いねむり氏のところで黒いR1が余っていると聞き速攻譲受(↓)、本機は自宅ブツ撮り用に転用となる。
 F40i及び本機の例を鑑みるに、コンデジの新品無修理継続使用は1万数千カット程度が限度なのかもしれない。

撮影テスト画像集(原寸で貼ってあるので重いです^^)

リコー Caplio R1(黒)(2号機)
(2006.7譲受)

デジカメ5号機。といってもごらんの通りリコーR1の色違いが1台増えただけだが(^^;
導入経緯は上のR1の項で述べた通りだが、中古だけにいつまで持ちこたえられるかが不安…とかいっているうちに、この機体にも誤って前玉にキズをつけてしまい、下記のGX100導入によって非常用予備機格下げ。結局手許に来てから1年とたたず事実上の引退となった。

update リコー Caplio GX100
(2007.6.18購入)

2台目のR1にも前玉にキズをつけてしまい、いよいよまっとうな代替機を導入せねば…という状況になってきたとき、ちょうど発売がアナウンスされたのがこのGX100である。GX8の後継機という位置づけながら、定評あるGR-Dとほぼ共通の筐体にズームレンズを搭載したハイエンド機。 
結論からいえば、いくつか不満な点―レンズバリア非内蔵、概ね全焦点域で目立つタル型のディストーション、短いテレ側焦点距離―もあるにはあるが、総合的には非常に使いでのあるカメラだ。
とくに、リコーお家芸のマクロの強さに加え、マニュアルや絞り優先での露出制御がきく点は、少しでも被写界深度を稼ぎたい模型の撮影にうってつけ。手ブレ補正機能の搭載で手持ち1/10程度の条件でも使える画が撮れることも有難い。 
2008年の夏には列車の走行写真にも対応させるべく、テレコンバージョンレンズTC-1を追加購入、2年半余り外出・模型撮影両方で実質メイン機であった。GX200の導入後も自宅工作台常駐機を3年半務めたが、その後通勤鞄内常備の予備機を経て退役となる。


▲フードとプロテクトフィルター常用のため、普段からHA-2アダプターを付けっ放しで使っていた。
update リコー Caplio R5J
(2008.3.16購入)

GX100のいくつかの弱点をカバーするためにサブとして導入。
わざわざGXをぶら下げていくのはちょっと億劫な手ブラでの外出時や、100mm級以上の望遠撮影が必要な『鉄』のお供に…という目論見である。
最新のR8辺りでなくこの機種にしたのは、GX100とバッテリが同じ(DB60)で共通運用でき、一応手ブレ補正もついていて、新品がたったの20,500円でアマゾンに転がっていたから。
しかし実際使ってみると、一度GX100に進んでしまったがゆえに、あまり効き目のない手ブレ補正や、露出制御がプログラムAEのみである点にまず歯がゆさを感じる。それだけならまだしも、問題は画質で、発色が冴えないうえにザラツキが目立ち、画素数以外はむしろR1以下になったのではないか?と思えるほど。
けっきょく長焦点の撮影に関してはGX100にテレコン(TC-1)を買い足す方向に走り、購入3ヶ月余で実質運用離脱、その後外出時の非常用および動画撮影用予備機格下げののち漬物石化。

update リコー Caplio GX8
(2008.10.5譲受)

模型仲間のOさんから「GX100を買っていらなくなったので…」と(ロハで)譲っていただいた機体。
言うなればGX100の先代モデルゆえ使い方は勝手知ったるものだし、スペックは劣れども1/1.8サイズのCCDが功を奏し当時画質の点ではまだ現役レベルだったので、工作台常駐で製作途中の模型の写真などを撮るのにしばらく活躍した。
GX200導入に伴うGX100の格下げにより引退。

update パナソニック LUMIX G1
(2009.5.30.購入)

時流に抗えず?ついに手を出したデジタル一眼が、マイクロフォーサーズ規格第一弾・松下G1である。
発表当初から軽量で嵩張らない点になんとなく魅力は感じていたが、導入の決め手となったのは、アダプターを介してキヤノンFDとライカMのレンズが使える!ということ。
自分がたまたま使っていた銀塩のシステム2種が、ともにフランジバック寸法の都合上、今までアダプター利用でAF機やデジタルSLRに利用する道が閉ざされていた機種だったため、その話を知ったときに思わず瞠目したのは言うまでもない。そうすれば、銀塩完全撤退後もレンズ群は活かし続けることが可能になるのだ。
とりあえずは、ライカM玉の活用を優先課題として、宮本製作所のLM-M4/3アダプター(ライカM→マイクロフォーサーズ用)を一緒に購入して運用を開始。のちに同社のキヤノンFD用マウントアダプターも追加導入した。
純正のレンズは、標準キット添付の14〜45mm f3.5〜5.6一本だけだが、これが安物(失礼)のわりにはなかなか優秀で、全域でディストーションはよく抑えられているし、開放でも像の四隅が乱れない(→それについては、松下純正のボディとの組み合わせだとボディ側で画像生成時に歪曲の補正が自動的になされる仕掛けなのだと後で知った。デジタルならではの力技である)
アダプター経由での銀塩玉利用は、標準ズームとの兼ね合いや、焦点距離が2倍になるがゆえに広角系を使うメリットがほとんどないことから、出番が多いのはM-ロッコール90mm、キヤノンのFD85mm・NewFD135mmあたり。もともと長ダマをあまり使わないこともあり望遠撮影はこれらの銀塩玉で済ませてしまうので、いまだに純正のデジタル用望遠ズームを持たぬまま今日に到っている。
実物の撮影をする機会がめっきり減って、このボディの出番の半分以上は模型のブツ撮りと化していたが、後述のGX7導入で予備機格下げが決定。なんだかんだで6年余も第一線を貫いたのだった。


▲ウチのM玉群とともに。ボディに付いているのはズミクロン40/2。


▲こちらはFD装着の図。

New! リコー GX200
(2009.12.2購入)
GX100のマイナーチェンジ版といえるモデルで、見た目は大差ないが、画像生成時にディストーションを自動補正してくれる機能に思いっきり釣られて導入、買って2年半ほど経つもさほどやつれてはいなかったGX100を予備機に追いやる。
その後、外出用の実働コンデジとしては自己最長の3年半にわたって活躍。しかし出先で机の上から床に落としてしまって以来動作時に異音が生じるようになり、機能自体には幸い支障はないものの、負荷軽減のため自宅工作台用に格下げとなった。
New! リコー GXR
(2013.5.30購入)

GX200を床に落としてしまった余波で、おのずと後継機のGXRに手を出すことに。カメラユニットを色々換えられるのが特徴のモデルではあるが、あくまでGX200の代替なので同じスペックのS10(1/1.7CCD・24-72mm相当3倍ズーム)を選択。ボディの大型化と非常時に乾電池が使えない点は気に食わないけれどプレビューの爆速化は有り難い。
ただ、買い換えてわずか3ヶ月後に電話機をiPhoneにした結果、稼動機会は激減。マクロ機能と近接時の被写界深度が必要な場面では手放せない機種ではあるので、細く長く使っていくことになりそう。

New! Apple iPhone5c
(2013.9.23.購入)

製作環境のPC編と被るが、さすがに取り上げないわけにもいくまい…今や日頃撮る写真の殆どはこれになってしまったのだから。
実は買った当初はカメラの機能は殆どアテにしていなかったのだが、いざ使ってみると、並のコンデジが商売として立ち行かなくなったのもやんぬるかな、と思わざるを得ない。
ところで、携帯電話機のカメラのレンズ(をカバーするアクリル)は傷をつけてしまいやすいものだが、この5cは2年以上経った今でも撮影した画像に影響するような傷はつかずに済んでいる。おおむね1mm厚あるカバーを付けて使っているのが意外と功を奏しているようだ。
 

New! パナソニック LUMIX GX7
(2015.11.7.購入)

ようやく導入に到ったデジタル一眼の2台目。型落ち機種とはいえ、じつはコンデジ以外では人生初の新品購入である(G1は中古だった)。
ただし購入動機は、松下純正のマクロレンズ(30mm f2.8)と組み合わせて、かったるいスキャナに頼らず手許の銀塩原版のデジタル化を進めることが主眼…というのが皮肉ではある。
それでも、鬱陶しいペンタ部の出っ張りがなく動作ショックのないシャッターも使える、という個人的には念願の機体。WiFi搭載のおかげで出先で画像をウェブに上げることもできるし、フィールドにもちょくちょく持ち出してやりたいものである。


▲主目的はコレだが…


▲M玉を付けてサマになるのもうれしかったり

フィルムのこと
 
 

<(_ _)>

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▲まァ、よく使っている(いた)のはこの辺でやんす。

 

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